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当日の様子

2007年1月18日木曜日、18時30分より旭川パレスホテルにおいて「新春のつどい」を行ないました。当日は多数の市民の皆様、ご来賓の方々にご出席をいただきました。ありがとうございます。 ここでは当日の安住のあいさつ全文(要旨)と、全体の模様をご覧いただけます。

2007新春のつどい〜挨拶の要旨

 みなさん、新年あけましておめでとうございます。今までと勝手がちょっと違いまして、今回は新しい組織の皆さんで、以前にも増して、本当に手作りで、一緒に、新しい流れを作っていこうという形で、この会を行うことになりました。司会の伊藤さんをはじめ、たくさんの方々が、これから一緒になって、やっていただけるということで、今まで私の会にいらっしゃっていただいた皆さんにとって、ちょっと変わったなという風にお感じになられるかもしれませんが、今日、まさに新たなスタートをきるという趣旨でご理解いただきまして、短い時間ではございますが、ぜひ最後まで楽しんでいただければと思っております。

 はじめに、今日、こうして、時節柄お忙しい中お集まりをいただきましたこと、そして昨年の旭川市長選挙におきまして絶大なるご支援を賜りましたこと、まずもって心から厚く感謝を申し上げたい、そう思っております。

 私はいろんな方とのお話の中で、時に、どうして今じゃなきゃいけなかったのかと、そんなに市長になりたかったのか、というようなことを聞かれることがございます。
 私が市長選に向けての決意を最終的に固めたのは、もちろん昨年のことでございますが、そこに至る道は決して単純なものではありませんでした。必ずしも、私でなければ絶対に駄目なんだという思いを、はじめから持って手を上げさせていただいたわけではなかったのです。
 振り返ってみると、市政の、特に財政の大変な状況を目の当たりにしたときに、議会においても、あるいは行政に携わる方々においても、本当に今、旭川が大変な危機に直面しているということをどこまで受け止めているのかということに、大きな疑問を感じざるをえないような状況の中で、誰かがはっきりと、危機的な状況にある旭川のことをしっかりと伝え、本当の意味での改革に向けて行動を起こしていかなければ、このまちは駄目になってしまうのではないかと、そういう思いを明確に持ち始めたのは、おととしの秋以降のことでありました。

 しかし、実際に市長選に立起するということに対しては私自身、さまざまな心中もございましたし、その中でいろいろな方々とご相談をし、また、アドバイスをいただきながら、その経過の中で最終的な判断をするに至りました。

 私は当時、自民党の旭川支部において幹事長代行という職にもございました。その党の役職をいただきながら、私自身が立候補の意思を持つに至る過程で、本当に今、旭川のことを考えて、変えていくことができる人間が誰なのかということを、党としても一生懸命に考えていただきたい、少なくとも私自身の中にはこういう思いがあるということを伝えながら、今までと異なるやり方になるかもしれないけれども、市民の皆さんに広く理解をいただき、本当の意味で全市的な取組みを興しながら、旭川の危機を乗り越えていく、そういうまちにしていこうということを、ずっと申し上げてきたわけであります。

 しかし、そうした私の思いに対し、自民党旭川支部においては、改革はゆるやかでなければいけない、急激な改革は望まない、というような空気が支配的であり、私が抱くその危機感に対し、決意も覚悟も感じとれなかった。

 8月の初めに最終的に行われた党の市長選に対する方向性を決めるという場において、私はまだ役員の立場におりましたけれども、今、自民党旭川支部として、旭川の市長候補たらんとする人を選考するにあたっての具体的な基準は何なのか、そして、名前が挙がった方に、どうやって今の旭川の危機を打破し、本当に将来に向かってしっかりとした安定的な新しい市政を実現しようとされているのかを、問うたわけでございます。 しかしながら、その場においても明確な答えはなんら帰ってこない。

 私はもう、この党の中にあって、自分自身が役員という立場にあったとしても、きちんと危機感を広く市民の皆さんに訴えて、改革に向かって、特定の政党の思惑とか、いろんな支持団体の意向とか、そうしたものに縛られない新しい市政を実現する方向に向かって今、声を上げていかなければ何も変わらない。そして自分自身が、変えることができるかもしれないのに、その声を上げないでこのまま終わってしまっては、もう自分自身は政治家として今後活動を続けていく意味がなくなってしまうのではないかということを、そのときに本当に強く思い、そして決断したわけでございます。

 今でも皆様方にさまざまな場面でご指導いただき、また、お支えいただいてきた中にあって、先ほど申し上げたように、どうして今じゃなければならないのかと、そういう問いかけもございましたが、私自身が今ここで声を上げることができなければ、きっと、一部の、特定のグループや企業の方々の思いに引っ張られるような結果になってしまうのではないかということに対して、強い危機感を持ったということもございました。

 みなさん、私は、自分自身、あまりそうした経過を申し上げてこなかったのですが、それは、自分が本当に市政にかける思いというものは、過去の経緯を申し上げるまでもなく、ただただ真摯に訴えていけば必ずご理解いただけるという思いからでございました。しかしながら、今、申し上げたような流れにあって、私自身が語らないことによって、逆に私をご支援いただいた方々が、いわれの無いそしりを受けたり、あるいは大変な批判を受けたり、ということがあるようです。
 私は、決して、自分のわがままや、ただ市長になりたいという思いのみで手を上げたのではなかったということを、今この場をおかりしまして、改めて皆さんにきちんとお知らせしていきたい。
 いろんな形で私をご支援いただいた方々が、私自身が批判を受けるならまだしも、そういった形で批判を受けるということに対して私は我慢がなりません。
 そして、今の状況をごらんいただいてもお分かりになるように、当時、旭川の保守体制を一本化するという話の中で、市長選においても立候補者の選考が行われたわけですが、結果的には、この春の統一選においても、実際には、全く今までと同じような、なんら変わることのない、分裂の様相を呈しているわけでございます。

 私は、自分自身が訴えてきたことに、そうした背景があるのだということを今まで語らないできておりましたが、今日はこの機会に、ぜひ皆さんには改めてお伝えしておきたかった。そして、本当に旭川の市政を考えるにあたって、特定の政党だとか、企業だとか、しがらみといったものを超えたところで、一人一人の市民が、このまちを愛し、このまちにこれからも住んでいこうと、そして、このまちにかけていこうと願っている市民の一人一人が、まちづくりに、市政のあり方に目覚めていかなければ駄目な状況にまさにきているということを、改めてみなさんにしっかりお伝え申し上げたかったのです。今日はまず皆さんに、そのことをお話し申し上げ、そして、私自身が新しい一歩を、また皆さんと一緒に踏み出していく強い覚悟と熱意を持っているということを、ぜひご理解いただきたい。そのように今、思っているところでございます。

 私は、落選という結果を受けてからしばらくの間、本当にいろんなことを考えてまいりました。自分自身が訴えてきたことを、どのようにすれば、皆さんとともに実現させていただけるのだろうか。浪人をして、4年後の選挙をめざすのがいいのか、それともまた別な形があるのか、いろんな方からの、たくさんのアドバイスをいただきました。

 ただ、私は、今から8年前、旭川が日本で一番不景気なまちだというニュースに、九州にいても、自分の大好きなふるさとが悪く言われている状況に対し、強い憤りを持って会社を辞めて帰ってきた。その時を思い返すに、市長という立場にはなれなかったわけですが、何らかの形で現実にかかわって、小さくても、一歩でも、二歩でも、成果を上げることができるよう、取り組んでまいりたい、そういう思いで皆さんとご相談を続けてまいりました。そして、最終的には、私自身が、議会を傍聴をさせていただきながら、どうして自分は傍聴席にいるのか?やはり直接、市政にかかわりを持って、ずっと訴えてきたことを具体的に形にしていくことができるように、市政の現場にあって、少しでも新しい旭川をつくるために力を尽くすことができるように、そういう思いに至った次第であります。

 皆さん、私をこの春の市議会議員選挙にもう一度挑戦させていただきたい。そして、今まで訴えてきたことを、たとえその一部でも具体的に進めていくことができるよう、皆さんのご支援をいただきながら、また、ご指導をいただきながら、もう一度ゼロから勉強をし直し、新しい一歩を踏み出していきたい、そういう思いを今、強く持っております。

 全てが一度ゼロにかえった状況の中で、後援会をはじめ、さまざまなものを、もう一度手探りで、そして手作りで起ち上げていかなければならない状況ですが、今日、こうしてお集まりいただいた皆さんと、そして市長選挙において、市民の力で、特定の政党とか組織とか企業だとか、そうしたものに縛られずに、新しいまちを子どもたちのために、未来のためにつくっていこうと訴えてきたことに、共鳴をいただいた方々とともに、もう一度ゼロからの一歩をともに踏み出してまいりたいと、そういう決意でございます。

 いろんなことを申し上げたいという思いの中で、今日は今までになく、頭が混乱しておりまして、うまく自分自身の気持ちを伝えることができないのが大変もどかしく思います。8年前に、初めて市議会議員選挙に挑戦するにあたって壇上に立ったときにも、今から思えば、ただただ、言葉にならない言葉を、壊れたレコードのように繰り返し繰り返し述べる状況だったことを、あの時と同じだなと、もう一回、ゼロからのスタートなんだなと、そんな思いに今また、とらわれているところでございます。

 安住太伸がゼロにかえって、新しい一歩を踏み出す、今日はその最初の日であると思っております。まだまだ至らない私ではございますが、どうか、今後とも、皆さま方の、ご指導とお支えの中で、このまちのために仕事をさせていただきたい。そして、いつの日か、もう一度、できることであれば本当に、4年後きっちりと、今まで以上に安住を信頼し、安心して任せることができるという状況をつくり上げることができる、そういう政治家に皆さんの力で育てていただきたく、心からお願いを申し上げたく、うまく言葉になりませんが、私の、これまでの皆様方のお支えに対しての、感謝と、今後に向けての決意のご披露に代えさせていただきたいと思います。

 皆さん、どうか、よろしくお願いをいたします。がんばってまいります。どうかよろしくお願いいたします。ありがとうございました。

 
本当にたくさんの方のご来場ありがとうございました!


今年はゼロからのスタート!新しい一歩を踏み出すべくがんばります!
 
 
 
新しい旭川を創りたい!

 


いつも応援してくださる皆さん一人一人にご挨拶。いつもありがとうございます。