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2006新春のつどい〜挨拶の要旨
皆さん、こんばんは。関根先生からの、本当にもったいないぐらいのお言葉をいただき、また、中屋助役をはじめ、多数のご来賓の皆様方を目の前にして、私、少し緊張しておりまして、どういう風に皆様に今の気持ちをお伝えしたらいいのかな、というようなことを考え、頭の中がグルグルしてしまっております。
大変寒い中、そして、時節柄大変お忙しい中を、こんなにも多くの皆様にお集まりいただきましたことを、まずもって心から厚く感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございます。
先日、市内の、ある建設会社の役員の方とお話しいたしました。その方がこんなことをおっしゃっていました。「安住さん、北海道の建設業に従事している人の賃金に、北海道単価というのがあることをご存知ですか?」
どういうことかと言いますと、北海道は冬が長い。どうしても仕事は夏場に集中しがちです。結果的に冬、夏通して暮らしを成り立たせていくために、夏場の仕事で1年間分を稼がなくてはいけない。働く側の皆様方にとってはそういうことになっているんです。
しかしながら、その皆さんを雇う側にしてみれば、その夏場の仕事だけで彼らの1年間の生活に足る労賃をお支払いしなくてはならない。そういうことだそうです。
結果的にその人がおっしゃりたかったのは、北海道単価と呼ばれているように、この冬が長い旭川も含めた北海道特有の気候の中で、建設業の色々なコストが、結果的に割高になってしまう。
旭川も財政が厳しいのですが、北海道も同様です。自治体にとってあらゆる経費の削減が至上命題となっています。しかしながら現状の仕組みのまま、これ以上のコスト削減を求められても、役所の側から公共工事を発注する場合、北海道単価というものがあることによって、コストの削減には限界があると、その方はおっしゃりたかったのではと思いました。
加えて、北海道と、本州のように雪がなくて通年で工事ができる、結果的にコストが押しなべて平準化されている地域と比較したとき、一件あたりの工事、事業にかかる価格はどうしても違うものになる。そういうところと競争していうこうと思ったとき、私たちのまちは非常に弱い立場に立たされる。だから、旭川市も含めて北国の発注方式を、一年間通してできるような形で考えてくれないか、というようなことを多分、実はいちばん訴えたかったんだというように私は受け取りました。
私たちが慣れ親しんだ感覚から言っても、冬は当然寒いです。暖房費がかかります。それだけじゃなくて、日も短い。作業効率も悪くなる。当然、安全管理上の難しさもあるでしょうし、工事をしていく上で、夏場よりも結果的にコストが高くなってしまう。結果として、冬に工事をするのは馬鹿らしい。そういう感覚がむしろ一般的だったのではないでしょうか。
ところが、その方が言うには、「いや、実際はそうじゃないのです。今現在、技術が発達し、むしろ、年間を通して発注をしていただく方向に変えてもらうことで仕事はかえってしやすくなる。皆さんにも喜んでいただける」
そこで私は思ったのですが、どうしても私たちはこの旭川に住んでいて、冬というのをマイナスのイメージで捉えがちです。雪が多い、除雪が大変だ。外に出るのも億劫だ。
しかし、その建設会社の役員の方がおしゃっるように、冬の間、仕事が動かない、発注されない、ということは冬の経済がそれだけ停滞している、夏だけでそれだけ稼がないといけないということになると、どうしても無駄ムラが生じてしまうという状況に、結果的になってしまっていると思ったんですよね。
発想を変えていくことで冬を味方につけ、そういう取り組みをもっともっと進めることで逆に冬を活かした、冬があるからこそ、冬が長いからこそ、旭川を活性化させることができる、もっと進んだまちづくりができる。どこのまちにも負けないようなまちづくりができる。そんな取り組みがきっとできるんじゃないかと。私はそのお話を聞いて思ったわけです。
皆さんご存知の通り、今旭川には、外国から沢山のお客さんがみえています。だいたい上川管内だけで、年間通して十万人ぐらいの方がいらしゃっているわけですが、統計上、データがないので、その内訳の正確な数字は分かりませんが、少なくともそのうち、旭川に宿泊される外国のお客さんは、およそ今現時点で年間延べ一万五、六千人ぐらいになろうかと思います。そして、その7割〜8割が台湾の方なんです。
その皆さんが、今、何を求めて旭川に来ていらっしゃるのか。1月〜12月まで年間通して見たときに、実は、いちばんいらっしゃる人数が多いのは、7月と8月と2月なんです。過去、5〜6年遡ってみると、2月が一番多かった年もございます。
今から5年ぐらい前になりますが、ちょうど、どんどん台湾からのお客様が増え出したとき、私も議員になって間もない頃でしたが、私自身、台湾のお客さんを市内にご案内させていただいたことがございました。年の頃は、皆さんだいたい四十半ばから五十代前半ぐらいの方。皆さん、いい大人です、男性も女性も。その皆さんが雪の中を子供のように転げまわるようにはしゃいでいるんですよ。
私はお聞きしました。「旭川の印象はいかがですか?旭川に来てどんなところ、何が素晴しいと思いました?」皆さん、口をそろえておしゃるのは、「ロマンチックだ」と。「幻想的だ」と。まるで、童話の中の世界に居るような、そんな錯覚を覚えるような印象を受けている、そういうお話だったんですね。
つまり、台湾は雪が降らないところですね。高い山では別だと思いますが、一般的には暑い国です。なぜ、2月にそれだけ台湾の方々がたくさんいらっしゃるかと言えば、冬まつりがあるとか、向こうの旧正月が重なっているとか、色々な要因があるとは思うんですが、やっぱり、旭川に、北海道に、その雪を見に、雪の中で遊ぶためにいらっしゃっているんですよ。
ところが、ここ最近は動物園人気などもあり、夏場が伸びていて、冬場は、特に2月の人数っていうのは横ばいの状況が続いております。もったいないんじゃないでしょうかね。発想をもう少し変えれば、その冬を特徴として活かすということを考えれば、もっともっと経済の活性化に繋がるんではないかと、私はそう思っています。
また、経済が活性化するということは、モノが動き人が動き、そして情報が動くことであろうと思います。今、旭川の経済が悪いというのは、それらが止まっているから。じゃぁ、動かせばいい。どうやって動かすのか。
皆さんも冬になると寒いからなかなか表に出たくないですね。だけれども、表に出る仕掛けがあれば、表にいたくなる環境が整っていれば、どんどん表に出て、買い物をしたり、観光やレジャーを楽しんだり、そういう風になっていくんじゃないでしょうか。
当然、お店も潤うし、経済の発展もそこから生まれてくるんです。先ほどの話と同じように雪を、冬を逆転の発想で捉えれば、もっともっと活かせる道は他にもたくさんございます。
伊の沢スキー場というスキー場がございます。とても小さなスキー場でございます。あまり上級者の方にとってはちょっと物足りないかなというぐらいのスキー場かもしれません。ですが、子どもたちにとっては、そしてアルペンの大会でトップレベルのスキーヤーを目指すようなお子さんたちにとっては、実はあのスキー場は恰好の練習バーンです。
皆さんご存知でしょうか、あのスキー場で練習した子どもたちの中から、過去、日本代表オリンピック選手が出ていることを。あるいは、一昨年でしたか、全日本スキー選手権でチャンピオンになった学生さんが、実はあのスキー場を本拠地としてずっと小さい頃から練習されてきたということを。
そして皆さん、あの山の上、とっても夜景が綺麗なんですね。嵐山などに負けないぐらいの夜景が見られます。観音台に行かれたことがある方は、おそらく、ご存知かと思いますが、伊の沢スキー場に行ったことがなくても観音台の上から見る夜景は素晴しいということを良くご存知の方は多いと思います。そのすぐ横です。
もし、伊の沢スキー場に夜景も楽しめるナイター施設があって、レストランがあって、それがある程度長時間営業ができれば、若い方も、もしかしたら行くかもしれませんね。恰好のデートスポットになるかもしれませんね。
やっぱり発想をちょっと変えて、モノの見方を少し変えて取り組んでみることが、大事なんではないでしょうか。そして、もうひとつ言えることは、弱いと思っていた部分を、逆にその発想を変えることでかえって徹底的にそこにこだわって、旭川、冬が長いんだったら、雪が多いんだったら、それを逆にもう徹底的にこだわって活かすっていうことの中から経済を活性化していく、そういう方策を見出していく方向に今、やはり考えていくべきではないんでしょうか。
動物園があれだけブレイクしたのは、小菅園長をはじめ、坂東副園長、たくさんの職員の皆さんの努力と、予算措置についての菅原市長の政治的決断、それによって集中的に動物園が整備されていったという経過があったことはご案内の通りではありますが、大事なことは、旭川ならではというものをしっかり見極めて、さらに冬の良さを活かして、その冬の良さを外に向かってアピールし、長い期間をかけてずっと集中的に整備をしてきたこと、投資してきたこと、こだわってきたこと、それが今の旭山動物園の成果の最大の要因じゃないでしょうか。
お金がない、そうかもしれません。お金がないなら、発想を変えて知恵を使えばいいんじゃないか。知恵を使って、お金がないならないなりに、重点的に、今何に集中的に投資していけばいいのかってことを、旭川のどこをいちばん売りにすればいいのかってことを、きっちり見極めて、そこに重点的にお金をかけていけば、旭川はまだまだ活性化するはずです。やらなければならないことはまだたくさんあります。打つ手は決してなくなってはいない。私はそう信じています。
議員になってから、もう丸七年になろうとしておりますが、私は今、お話ししたようなことを含めて、必死になって現場に足を運び、色んな皆さんのお話を聞き、様々な勉強を続けてまいりました。そうした勉強を続けてこれたのも、ひとえに、今日までお支えいただいた後援会の皆様のお蔭だと思っております。そして、この経済が大変厳しい中、決して安くはないパーティーの券を買っていただき、今日こうしてたくさんお集まりいただいた皆さん、また、たくさんの方に買っていただけるように取り計らっていただいた方々、あるいは、色んなご指導、ご鞭撻をいただき、日頃から陰に日向に本当にご心配いただいている皆様のお蔭で、私は今日までその活動を続けてくることができました。
そして今、思うことは、これからももちろん勉強を続けなければなりません。私の努力は決してこの場で止めることはできません。しかし、これからは少しその割合を変えて、むしろ今まで学んできたことを、皆さんのそのご支援を力にして、これからはもっともっと具体的に、この旭川を変えるために、本当に良くするために、勇気を持って、今一歩、前に進み出ることが必要な時期に来ているんではないかと、私はそう思っております。皆さんとともに、何とかしてこの旭川を変えていきたいのです。
昨日ある方が、「安住さんは若いからいいなぁ。夢も希望もあるなぁ。俺の会社はもう本当に難しいから…それほど希望がないなぁ。」というようなことをしみじみとおっしゃっていました。本当に私のことを、日頃から大変一生懸命に支えてくださっている方でございます。
私は悲しかった。その方の口からそんな言葉が漏れることが。私に期待を寄せていただいていることを本当に嬉しく思うと同時に、非常に悔しかった。そう感じている皆さんをなくすために、このまちで暮らす皆さんが、本当に生き生きと、楽しく元気で、未来に夢を感じながら日々のお仕事を、暮らしを、頑張って生きていけるように、そのために私は、今、これまで、支えていただいた中で学んできたことを、そのすべてを、この若さを振り絞ってぶつけなくてはいけない。もう、そういう時期に来ていると思っております。
若い若いと言いながら、その若さに、甘えていられる時期ではありません。私も年男、36になります。普通の企業で言えば、もう中堅です。
皆さんと一緒に、本当にこの旭川を、今申し上げた通り発想を変え、この若さを活かし、素晴しいまちに変えていくために一生懸命頑張っていくことをお誓い申し上げ、最後になりましたが、本当に日頃から大変お世話になっておりますことを、皆さんからのお支えに、心から感謝申し上げ、年頭にあたってのご挨拶に代えさせていただきます。
本日は、誠にありがとうございます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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