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| 「豊かさ」の理由(わけ)を知りたい ――あずみ たかのぶのドイツ見聞録 page.3 |
| 【地方だからこそ豊かになれる!】
さて、こうしたドイツにおける「暮らしの豊かさ」について、これまでも多くの皆さんがご報告されている点、まさに私も体感をしてきた訳ですが、それがいわゆる日本の地方の農山村風景と明らかに異なるところは、他にも実はありました。その一つが、建物が、という意味ではなく(施設も大変、立派なのですが…)、教育という意味でちゃんとした立派な高校が地元にあり、当然、若い方もたくさんいて、それが田舎町の活力の源になっているという点です。 それだけではありません。高齢者の方も元気で明るい方が実に多い。踊り、歌い、そしてよく飲みます。 これは一体、どういうことなのだろうと思いました。日本の介護保険制度がドイツのそれを参考にして制度化されたのはよく知られているところですが、日本と違い深刻な医療過疎的な現象もどうも感じられませんでした。 そして、田舎町であっても、医師、大学教授、近隣の大きな自治体の行政職員などなど、いわゆる知識層とでもいう方々がどうも多い様だという印象でした。訪独前の事前調査でも文献で確認していたことなのですが、こうした事実は、やはり地方が、行政上のシステムとして「豊かな暮らし」を実現し、高齢者や若い世代にとっても、あるいは知識層にとっても、そこに住まうことの高い「価値」を創り出しているのではないか、との一定の検証をすることができたのではないかと思っています。 そこで次に、効率的・効果的で、さらに住民満足度の高い行政がどの様に実現されているかの一端を窺い知ることのできる報告を何点かさせていただきたいと思います。 【行政が向いているのは?】 旭川を含め我が国で、よく行政上、問題とされるものの最たるものが「無駄な公共事業」だと思います。この点、街並みの調和・景観の美しさといった側面もさることながら、現実に居住し、日々の暮らしを営んでいる地域住民にとって、日本で起こっているのと同じ様な「公共事業のムダ」に関しての問題が生じることはないのかどうか?というのが今回視察の都市計画行政に関わっての大きなテーマの一つでした。 別の言い方をするならば、実感できる「豊かな暮らし」の背景として、例えば、より住民満足度の高い道路整備や街区整理を推進することのできる手法なり、理念といったものが必ずあるはずだという想定でした。 先にもご紹介したレーゲンスブルク市の都市計画担当の責任者、ヴェルナー氏によれば、例えば、ある街区の再開発を行なう場合、「一般的に」、概ね、次の様な手続きで計画が進められていきます。 先ず、ヴェルナー氏を中心とした担当部局が策定した案に対し、「すべての」関心ある方を対象とした説明会を開催します。「すべて」というのは、その概要、開催日時等の情報が、「新聞などで」広く一般に告知されるからです。 次に、事業規模にもよるのですが、プランが最終案として調整されていくまでの数カ月程度の期間内は、アポイントさえ取れれば、ヴェルナー氏をはじめとする計画責任者に誰もがいつでも面会し、意見を述べたり疑問点を質したりすることができる様になっています。そしてこのアポイントも、面倒な手続きや書類は一切不要で、単に電話で予約をすれば良いだけになっています。 最終的に、ヴェルナー氏を含めた計画審査会的な機関(構成メンバーは「有識者」による専門家グループ)が決定したプランを「公告」し、その内容は新聞などでも報道されます。 その後、一定の公告期間を経て議会での議決を求めることになるのですが、仮に、議会が「ゴーサイン」を出したとしても、さらに一定の猶予期間を設けて、その修正を求める意見陳述などの機会が保障されているとのことでした。 こうした取り組みは、いわゆる日本でいう住民参加、あるいはPI(パブリック・インヴォルブメント…直訳すれば住民を「巻き込んでの」事業推進、といった意味合いになります)への取り組みが熱心だとされる日本の「先進的自治体」の事例としても聞いたことがありません。 じっくりと時間をかけることを厭わずに、ここまで徹底をして、多様な意見が調整されていく過程が大切にされる計画推進の手法を採っていること、つまり、意見を述べる機会が幾度となく保障され、かつ述べた意見が大切に取り扱われる仕組みを持っていることこそが、結果的に施工後、竣工後の満足度の向上に十二分に寄与しているものと、その根本的な発想の違い、「役所が、どちらを向き、誰のために、どういう仕事をするべきなのか」についての仕組みとそれを裏付ける理念の違いを、強烈に見せつけられた気がしました。 ちなみに、今まで、議会が議決した後に意見が提出されたり、その議決された計画がひっくり返ったりしたことは一度もないそうです。 【「汚職」がない!?】 効率的・効果的、という点に関わっての驚くべき事実は、実はこれだけではありません。 例えば、ここでいう「有識者」とは、全国的にも権威とされている様なプランナーであったり、大学教授などであり、その構成メンバーがプロジェクト毎にころころと入れ替わることはないということでした。 日本では、例えば、ひとつの連続したプロジェクトであっても、プランナーが入れ替わったりすることで、「デザインの『流れ』の統一性」や「まち全体の調和」といった要素が崩れていくことがよくあります。 ところが、ヴェルナー氏によれば、行政職員自体も含めて、都市計画なら都市計画の専門家として、一貫してその分野に携わり続ける人事制度が確立されていることとあいまって、仮に、担当(責任)者が替わっても、きちっとした文書管理などの仕組みによって「そうした問題は一切起こらない」とのことでした。つまり、専門職を大事に育てる制度なり環境、あるいは、「行政の継続性」を実効あるものにする仕組みが、連続性と美しい調和を保った、なおかつ住民満足度の高い都市計画を可能にしているということなのです。 さらに驚きなのは、実際の事業としての発注やプランニングの中心メンバーが固定的であることが、「汚職」の背景となったりもしないという点でした。 それは、一つ一つの手続きや文書管理などについて個々の責任が明確化されていると同時に、徹底してオープン化されており、日本的な「密室の裁量」が入り込む余地がほぼゼロに近いという制度的な違いに起因しているのです。 業者側にしてみても、日本のマスコミで報道されている様な、「もの」になるかどうか分からない部分でさえ、余計な時間と経費をかけて「接待攻勢」をかけなければならないといったやり方よりも、自らの技術力やプランニング力を頼りに「本領」の部分に経営資源を投入できるということで、双方にとって望ましい状態が実現されている様に受け止めました。 こうした事実は、恐らく、行政コスト的にも様々なメリットを生んでいるとの結論につながるものと受け止めています。驚愕に値する取り組みは、これらに止まるものではありませんでした。今回のドイツ視察ではさらにまた、日本ではおよそ考えられない次の様な取り組みが、ごくあたり前になされているということも確認することができたのです――。 |
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高原の別荘ではありません。今回の旅を現地側でトータルコーディネートしてくれたグルンドゥシュタインさんご夫妻のお宅で。 手作りのケーキに色々なチーズ、ワイン…そしてやっぱりビールをいただきながら、爽やかな風に吹かれて日が落ちるまで語り合ったのでした。 (左から3人目)
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