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| 「豊かさ」の理由(わけ)を知りたい ――あずみ たかのぶのドイツ見聞録 page.1 |
| 「ごく普通の人々の、ごくごくあたり前な日々の暮らしが本当に豊かなんです」――ドイツ、あるいはスゥェーデン、デンマークなど、中欧、北欧諸国を訪れたことのある方々から、繰り返し、呪文の様に聞かされてきた言葉です。 ところが、過去の「私の中の常識」では、ドイツも含め、そうした国々は、いわゆる高福祉の社会が実現されている一方で、その裏返しとして高い税金に代表される国民負担の重さによって労働意欲が削がれるなど、結果として、国全体としての活力は必ずしも高くない、との認識でした。 例えば、ドイツの財政赤字や低成長率は、まさにそのことを裏付ける、と…昔、社会科で習った程度の不確かな記憶を根拠として、社会に出た後もしばらく、そうした印象を引きずっていたのです。 ですから、皆さんのおっしゃる「豊かさ」の質というものが、個々の地域の活力や、その集合体としての国全体の活力という概念と私の中ではどうも結びつかず、観光で綺麗なものを見た、美味しいものを食べた、ゆえにドイツでは豊かな暮らしぶりをしていると感じた…昔の私は、率直に言って、その程度の受け止め方しかできていなかった様に思います。 ところが、その後、議員になり、「どうしたら旭川を元気づけられるのか」「どうしたら市民の皆さんの暮らしをきちんと豊かなものにできるのか」との切実な思いで自分なりに進めてきた様々な調査を通して、どうもそうではないらしいことが段々と見えてきました。 地域の皆さんのあたり前の様な暮らしを本当に「豊かな」ものにする、そんな仕組みが間違いなく、それらの国の行政、ないし地方自治の中にある、調査が進むにつれて、私はむしろ、確信めいたものすら持つ様になってきました。 「いつか機会があれば、ぜひ、そうした豊かさを体感してみたい」「そしてその豊かさを実現している仕組みなり理念を実際に感じ取り、その一端でも旭川に持ち帰りたい」との思いが抑えられなくなってきたのです。 この度、私が所属する旭川ドイツ交流協会が、2001年以降の相互交流の中で強い結びつきを育て上げた交流先であるベルンハルツヴァルト郡の関係者から、自衛消防団百二十五周年記念祭に招聘されるにあたり、議会日程等、調整を図った上で、ようやく念願かなって初の渡欧、ドイツ視察への参加を実現することができました。 今回の訪問は、参加メンバーの方それぞれの日程的な都合などもあり、相互交流先の一般家庭でのホームステイを中心とした正味五日間の短い滞在となってしまいましたが、前述の、私なりの思いに従って見聞きし感じ取ったことを、ぜひ、少しでも多くの皆様にご報告申し上げたいとの思いで、今回の寄稿依頼をお受けした次第です。 その意味で、特段、「楽しい旅行記」とはなりませんし、もちろん、私の感じ取ったものが、参加した他のメンバーの皆さんを代表してのものにもならない訳ですが、その点は、何卒、ご容赦を賜りたいと願っております。 【心に豊かさをもたらす行政】 さて、前置きが長くなりました。では、実際に訪れた身としてその印象はどうだったのか? あえて一言で申し上げれば、「あぁ、本当に豊かなんだなぁ…」の一語です。 四日にわたって滞在をしたベルンハルツヴァルト郡は、日本でいえば七百〜八百人から千四百〜千五百人位の、近隣の小さな村が十ほども集まって形成された自治体の一種です。ちなみに、この「郡」というのは、日本での行政区分において該当する概念はありません。 写真や様々なメディアによって多数紹介され、また、現に訪問した多くの方々がおっしゃってもいる様に、街並みや景観が本当にずば抜けて美しいのはあらためて言うまでもないことでしょう。誰が見るという訳でもない無用な広告や看板は都市でも田舎でも同じ様に規制され、茶色に統一された屋根の色彩や、細かく規定されたその傾斜角度、材質等々が、良好な景観の形成に大きな役割を果たしているのは、現地の、そうした建造物群が生み出す景観の中に立ってみて初めて、本当の意味で身に迫ってくるものを感じました。 窓辺に、そして庭先に花があふれ、街の中に木立があるのではなく、「森の中に街がある」と感じさせる様な樹木・緑の多さ…。実際、ベルンハルツヴァルト郡は、チェコ国境に比較的近い山間の田舎町なのですが、こうした景観にまつわる実感は、もっと規模の大きい自治体、例えばロマンチック街道最大の都市、人口およそ二十六万人のアウグスブルク市などでもまったく同じです。つまり、自治体の規模の大小を問わず、国全体が「美しい景観」というテーマを、都市計画の中心的な課題として明確に認識していることのまさに現われだということを、現地にてあらためて痛感しました。 都市計画に関わってのヒアリングを目的に訪れた、ベルンハルツヴァルト郡近郊のレーゲンスブルク市の都市計画責任者、ヴェルナー氏の「最も強く意識しているのは『調和』です」との言葉が今も耳を離れません。彼の自信に満ちた力強い言葉からは、その意味合いが、「他所から訪れる観光客にとって」といった産業振興的な側面以上に、まさにそこに暮らす住民にとって「心に豊かさを添える」ことの大切さを伝えようとしている様に私は感じました。 【住民意識の違い】 この様に、「暮らし」に、「心」に「豊かさ」をもたらす意識的な取組や規制が、例えば、ドイツの美しい景観を創り出していると実感したことは、まさに今、述べたとおりですが、実はそうした取組が単なる個々人のセンスの問題ではなく、極めて科学的で専門的な訓練によって、システマティックに行政職員の中に培われているというのがその素晴らしさの価値ある部分だと思います。 ドイツの教育システムは色々な面で世界的に有名ですが、例えて申し上げれば、専門的な知識とそれを臨床で適用する能力を、長い時間をかけて系統的に習得することで初めて高度な外科手術ができる医師が養成されていくのと同じ様な感覚で、公務員教育とその重要性も認識されているということです。 ここで重要なのは、そうした教育・研修を含めた様々な取組によって維持・向上され続けている行政職員とその職務遂行能力の「質」の高さが、住民にとっては「行政に対する信頼」を相当程度担保する元となり、結果として双方が、日本で見られるような「官と民の対立関係」に陥らずに済む要因のひとつに、間違いなくなっているだろうと感じたことです。 加えて、だからといって住民側も専門家である「お上」に依存する訳ではなく、個々の住民が、自分自身に直接利害が及ぶかどうかというレベルを超えたところで、まちづくりに対し積極的な関わりを持とうという意識・意欲が極めて強いという、これは現地の方と話をしていて常に感じたことでした。 この点に関しては、後述したいと思いますが、ドイツの暮らしが「豊か」であることの背景には、「自治」に対する住民の意識・捉え方の違いが大きいということを、そうした部分から期せずして知った、私にとって初めてのドイツだったのです。 |
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ホストファミリーの方々とともに。 アウグスブルク市「フッゲライ」〜1521年に作られた世界初の社会福祉住宅前にて。 今も生活に困っている市民が、年間0.88ユーロ(約120円)の家賃で住んでいます。 |
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